2016年08月15日

 ここまで長々と書いたのは

いかに天皇が民主主義国家における天皇像の確立に尽力されてきたかを説明するためである。
 そのような天皇の真摯なお気持ちとお人柄が、これまでも被災したり不幸にあった国民を勇気づけてきた。だから3月11日の追悼式典で、天皇がどのよう無論在什麼年代,追求幸福都是永恆
に被災者を勇気づけ、国民に呼びかけられるかをお聴きしておきたいと思った。

 残念ながらその前に首相の式辞があって、ネット検索で簡単にテンプレートが見つかりそうな弔事のスピーチと、街頭演説の選挙公約か国会答弁のような、政治家の空疎な言葉が躍った。

「悲痛の念に堪えません」「衷心より哀悼の意を表します」「心からお見舞いを申し上げます」「被災地の取り組みに最大限の支援を行ってまいります」「美しいふるさとを取り戻すために全力を尽くします」「災害対策の強化を早急に進めてまいります」「復興を通じた日本の再生という歴史的な使命を果たしてまいります」

 首相が作文したのか、秘書官が原稿を書いたのか、それとも役人か。血の通わない言葉の数々・・・
 言葉については、このブログのタイトルでもあり、2007/2/3「言葉の重さと、我が存在の軽さについて」に説明している。

 言葉はもともと呪術的な要素を持っていて、言葉を発することには大きな重みがあった。古代人でなくても、私たち現代人にとって言葉は大切で、その言葉は人を傷つけ、人を悲しませることもあれば、人を笑わせ、人を元気づけ、人を幸せにすることもできる。
 政治家や役人たちの言葉ほど、空疎で軽いものはなく、それは追悼式典の首相の式辞に表れている。

 一方で天皇のお言葉は、人命を救おうとして命を落とした人々、原発事故によって故郷を追われた人々、ボランティアや被災地・福島第一原発の第一線で戦っている人々、外国からの救助隊にも思いを馳せたものだった。
 そして、原発事故の終息が困難を極めること、被災地の復興の道のりが簡単ではないことを直視し、その困難の中で国民が心を一つにして国の復興のために辛抱強く努力し、将来の国民のために安全な国を作ること、それが震災で命を失った人々に対する慰霊になると呼びかけられた。



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